変な賃貸
こんにちは、ジェットバイオレンス杉本です。
皆さんは雨穴さんの「変な家」というウェブ記事をご存知でしょうか?
簡単に説明すると、一見少し変わった間取りの家にしか見えないけれど、実はそれを紐解いていくと……?という、ちょっと怖いミステリー系の記事なんですね。
今回は私が実際に引越し先を探しているときに見つけた賃貸物件の中で、「なんだかこれ、あの『変な家』に出てきそうだな……」と思った間取りの物件をご紹介していきたいと思います。
四月某日、私はとある不動産会社に来ていました。
今回私の担当をしてくれるのはEさんという方。
Eさんには事前に私の住みたい部屋の条件をお伝えしており、その日は条件にあった部屋をいくつか用意してもらっていました。
Eさん:では、本日はよろしくお願いします。
私:はい、よろしくお願いします。……まず最初になんですが、結構無茶な条件をお願いしてしまい、すみません。
今回私がお願いした条件は、以下の通り。
Eさん:いえいえ、気になさらないでください。それに杉本さんの場合は家賃は特に希望がないということなので、その点では探しやすかったですよ。
私:ありがとうございます。私の場合、家賃は全て踏み倒すつもりなので特に希望はないんですよね。
Eさん:ははは、最近の若い単身の方は大体そうですね。ではさっそくご紹介していきますね。まずはこちらです。
私:あ、いいですね!条件全部揃ってる!
Eさん:はい、それにこのトイレ、ウォシュレット付きなんですよ。
私 :あー、それも嬉しい!絶対ってわけじゃないから書かなかったんですが、ウォシュレットも出来れば欲しいなーと思ってたんです!
Eさん:ただ、実はこの部屋……ちょっと変なんです。
私:え……?
バストイレ別だし、独立洗面台もあるし……私の条件は全てクリアしているように見える。一体どこが変なのだろうか?
Eさん:ほら、ここを見てください。
私 :え?
Eさんはそう言うと、浴室部分を指さした。
このマークは……?
私:これ……「果樹園」ですか?
Eさん:そうです。「果樹園」の地図記号なんです。
私:じゃあ、つまりこのお風呂には……。
Eさん:はい、生い茂っているんです。リンゴの木が。
お風呂にリンゴの木が生い茂っている……。木曜日だけなら許せるが(木曜日は「木」の曜日だから)、毎日となると……。
私:うーん、すみません、ここはちょっと……。
Eさん:いえ、こちらこそすみません。やはり果樹園が室内にあるのは難しいですかね?
私:そうですね、ブドウならまだいいんですが、リンゴとなると……。
Eさん:リンゴは苦手ですか?
私:リンゴは好きなんですが、椎名林檎のことを「林檎嬢」と呼んでいるタイプの人が、少し苦手で……。
Eさん:なるほど……。ただ、リンゴがNGとなると、ご用意してた物件があと200件あったんですが、15件に減ってしまいますね……。
私:わかりました……じゃあ次の物件をお願いします。
Eさん:はい、では次はこちらですね。
私:あ、カウンターキッチンだ!
Eさん:最近は単身世帯向けの賃貸物件でも、カウンターキッチンの間取りがよくあるんです。
私:憧れなんですよ、いいなー!もうここにしちゃおうかな?
Eさん:ただ、実はこの部屋……ちょっと変なんです。
私:え……?
バストイレ別だし、独立洗面台もあるし……私の条件は全てクリアしているように見える。一体どこが変なのだろうか?
Eさん:玄関の床の部分をよく見てみてください。
私:……あれ?これ、もしかして……米?
Eさん:はい。床がすべてお米なんです。
私:刺身を置いたら海鮮丼ってことですか?
Eさん:そうなりますね。
ただ床が米であること以外は希望通りの部屋。普通なら断る理由はないのかもしれない。ただ、私には譲れない事情があった。
私:ただ、床が米となると……ムカつく奴を土下座させたときに、そいつ、床が美味しくて嬉しくなってしまいませんか?
Eさん:そうですね……日常的に人を土下座させていらっしゃるんですか?
私:はい、週に60回はさせてます。
Eさん:五穀米に変えることも出来ますが……。
私:毒米(どくごめ)には?
Eさん:それは難しいですね……。
私:うーん……申し訳ないですが、この部屋も、ちょっと。
Eさん:了解しました。床が米なのがNGになると、残りは1件になりますが……。
私:わかりました。とりあえず見せてください。
Eさん:こちらです。
私:バルコニーが広いですね!
Eさん:はい。それに、オーシャンビューで眺めがいいんですよ。
私:わー、いいないいな!テーブルと椅子とか置いちゃって、休日に海を見ながらお茶とかしてみたい!
Eさん:……ただこの家、IHではなく、ガスコンロが設置されているんです。
私:えっ?ガスコンロですか……?
IHコンロであることは条件に入っていたはずだ。火は怖い。"罰"を、ひいてはこの身に刻まれている"罪"を想起させるからだ。
Eさん:オーナーの方に取り替え出来ないか確認したのですが、どうしてもガスコンロにこだわりがあるらしく……。
私:そうですか……。ちょっと、考える時間をいただけませんか?
Eさん:わかりました。では、来週までにまたご連絡ください。
と言っても、確かにコンロだけ妥協出来ればかなりの良物件だろう。信頼出来る友人に相談しようと思い、私は資料を持ち帰った。
人間は全員信頼出来ない(自分自身でさえも)ので、遠方に住んでいるウェットティッシュに電話で相談してみることにした。
私:……っていう感じで。今メールで間取りも送ったんだけど、どうかな?
ウェットティッシュ:パッと見はいい感じだけど……この家、ちょっと変じゃない?
私:え……?
バストイレ別だし、独立洗面台もあるし……私の条件は全てクリアしているように見える。一体どこが変なのだろうか?
ウェットティッシュ:ねえ、キッチンの部分、拡大出来る?
私:キッチン?出来るけど……あっ!
私:これは……「のぎへん」?
キッチンには、明朝体で書かれたのぎへんがあった。キッチンと言えば水回り、さんずいならわかるがどうしてのぎへんが……?
ウェットティッシュ:この家、IHじゃなくてガスコンロなんだよね?それも、オーナーの人のこだわりで……。
私:うん、私は火が怖いから嫌なんだけど……あっ!!
ウェットティッシュ:ジェットバイオレンスも気付いた?「のぎへん」のキッチンでガスコンロ……つまり、「火」を使えば……。
私:そんな……。これじゃ、ちいさい秋が見つけ放題だよ!!
ウェットティッシュ:落ち着いて。これはただの憶測だから、まだそうと決まったわけじゃないよ。
私:でも、それ以外にキッチンがのぎへんである理由なんてあるの!?
ウェットティッシュ:それは……。
私:……ごめん、ウェットティッシュは悪くないよね。相談に乗ってくれてありがとう。
ウェットティッシュ:うん、大丈夫。それで、どうするの?
私:考えるのが面倒になったから、私の記憶と思考パターンを全てデータ化して電脳空間で暮らすことにするよ。
ウェットティッシュ:そっか……でもそれって、ただの完璧な複製であって、ジェットバイオレンスそのものは"移行"が終われば死んでしまうんじゃないの?
私:もういいの。インターネット越しにしか"ジェットバイオレンス杉本"を知らない他者から見たら、"ジェットバイオレンス杉本"は変わらず在り続けるでしょ。私の自意識の断絶は私だけの、私にしかわからない問題だよ。
ウェットティッシュ:他者と関わることでしか生きられない社会において、最早それだけが……"死"だけが、"自分"の証明になるってことか。
私:さすが、話が早いね。
ということで、今はここに住んでいます。